落語の中の登場人物「アホ」

「おおさか文我だより」(毎月発行)の中から飛び出した、何とも面白いお話。落語大好き婦人の上殿さんが疑問質問のコーナーから「文我さんはどう思います?」と声をかけたのが始まり。さてとりあえずご紹介を致しますので、皆さんからのご意見ご感想をお願いいたします。

まずは「おおさか文我だより」19号に掲載しました「重箱のスミをつつくコーナー」より。

質問者・上殿喜美様

答・桂文我師匠

「今回は『延陽伯』についてのスミをつつかせていただきます。但し、今回の質問は、スミではなく、重箱のフタくらい大きな疑問ですので、よろしくお願いいたします。

問・幼名「鶴女」と呼ばれていた人が、何故「延陽伯」というような中国人みたいな名前になったのでしょうか。実はこれは三十五年くらい前から胸につかえていた疑問で、この際是非つかえをとってスッとしたいと思います。

答・何故?という疑問はおっしゃるとおりなのですが、これは縁起の良い名前になったということです。延→縁、陽→良う、伯→掃くのしゃれになっている、めでたい名前なのです。良い縁、そして掃き清めると申しまして、清い。この女性の将来に幸多かれと言う願いがこめられた名前ではないでしょうか。

問・この女の人は、言葉が難しいという設定で、これが大いに笑わせる要素ですが、彼女の言う言葉の中で、次の発音はどんな字ですか?

「コアクゴメンアレ」の「コアク」

「キンタラントホッス」の「キンタラン」

「センジツセンダンニイッテマナバザレハ」の「センジツセンダン」

答・演者によって微妙に違う言い方になるのですが、はっきり申し上げてわかりません。米朝師匠にもお聞きしましたがわからないということです。長い年月の間に少しずつ言葉が変わったのかもしれませんし、始めからわからない言葉だったのかもしれません。今となっては調べようがないのです。古語辞典も調べたのですが・・・。

問・これぐらい別嬪さんで二十三歳という若さで、お公家さんの家に行儀見習いにまで行っていた人が、どうして言葉が難しいくらいのキズで、こんな男のところへ抵抗も無くお嫁入りするのですか、この不自然さを落語家さん達の中では、どう自分に納得させていらっしゃるのか。殊に文我さんは納得せずには語れないお人だと存じますが。

私としましては「納得のいかないコーナー」を新設していただいて、そのナンバーワンの候補にこのことをあげたいと思う位です。家も汚なそうだし、本人も汚なそうだし、お金も無さそうだし、品は無いし、男前でも無さそうだし、私なら二十二どころか八十五歳でもここへはお嫁に行きませんけれど!(文我さんも文ちゃんを、ここへはお嫁に行かせないでしょう)

答・ごもっともですね。しかし世の中には、訳のわからないことですすんでいくことが結構あるのではないでしょうか。何でこういう二人が、夫婦が、コンビがというのが。とりあえず二人の間では納得しているのであるから、それはそれでいいのではないですか。そういうことってあるのではないですか。もしおかしいというのなら、どうでしょう、この仲立人について考えてみませんか。おかしいのなら、この仲立ちするおっさんを責めてみませんか。新しい展開が見えてくるかもしれません。

問・これは枝雀師匠に伺うべきことかもしれませんが、弟子として責任の一端を担って頂きたくお尋ねいたします。

主人公の男が銭湯の入り口で、大きなヌカ袋を投げ込むところがあります。師匠は確かに「ドッボーン」とおっしゃいますので、(それも毎回)湯船に放り込んだとしか思えないのですが、それにしては湯船の中の客の反応が不自然です。このところは文我さんはどういうふうになさっていますか。

答・私自身は延陽伯をあまり演じないのですが、このところは不自然には感じないのです。実写をあまり重んじすぎると、肝心の焦点がぼけてしまう。ここは物語の展開として後の盛り上がりを期待するところなので、実写説明やら、ここだけのイメージが固まってしまうことを恐れ、この程度の印象に留めておこうという、かえって工夫かと思います。

問・私は、私の知る限りのお噺の中で、実は「代書屋」の松本留五郎氏が、一番のアホだと思っていたのですが、よく聞いてみると「延陽伯」のこの男も相当なモノですね。「八五郎坊主」の八五郎もこの分類では、上位にランクされると思いますが、文我さんは、この三人では一番のアホは誰だと思われますか。もちろんいうまでもなく、「心より愛を込めて」です。そして最後に、この男の職業を教えてください。

答・アホとはどんな奴をさすのかと考えますに「愛すべきスカタン人間」「まじめにやっていくが、はずれていってしまう奴」私はこのように思います。そこでこの三人を考えますに、この三人はコント人間である。普通の人より少し騒々しい。ギャグ満載人間。そちらの部類かと思われます。では私の愛すべきアホはと問われれば、「不動坊」に登場する「ユーさん」ビンを持たされて、アルコールを買うよう言われたのに、買ってきたのは「あんころ」。角の餅屋のおっさんを困らせながら、ビンにあんころをつめて帰ってくる。これなんかは、一生懸命やっているのにスカタンの方に向かっている。これがわたしの愛すべきアホの姿かと・・。それとこの男の職業ですが、長屋に住んでいる「てったい職」今で言うフリーター、強烈に毎日する仕事があるわけではない。特定の職種は決まってなく、色々なことに誘われ、或いは頼まれて日銭を稼いでいる。というところではないでしょうか。

こんなところで納得していただけましたでしょうか。

 

さて続いて「おおさか文我だより」20号に掲載しました「特別企画・落語の中のアホ特集」より。

今回はこの特集に三人の方からお便りを頂戴いたしました。

東京都江戸川区 島雅昭

初めてお便りさせていただきます。大阪生れで上方芸能ファンの私も

就職以来十六年関東、甲信越に暮らし昨年の九月から東京の下町新小岩井の社宅に住んでいます。父が毎月のように枝雀寄席や平成紅梅亭のビデオを送ってくれますので、楽しんでおります。父はすっかり文我さんにほれ込んでしまったようで、大阪の百席は皆勤賞です。

今回の文我だよりから投稿させていただきたく、キーをたたいております。

一、私が選んだ愛すべきアホ、スカタン 、ベスト五(好きな噺と完全にリンクしました)

一位 くっしゃみ講釈の?さん(いまだに名前で呼ばれたのを聞いたことがありません)

 ホエーイ小伝馬町ヨーリ、引き出されーホエーイ。ちゅうの二銭ちょうだい!?

二位 不動坊のかもじ、鹿子屋のゆーさんいっぱいつまってるよ、いっぱい!一番上等、一番上等・・・角の餅屋に売ってたよ、あんころ、あんころ!

三位 代書屋の松本留五郎さん

 とめっちゅうんです。とめっ!おう!とめです。今年二十六です!

四位 替り目の旦那さん(これも氏名不詳です)

 あーかーいー山なあーら曼ー珠ー沙ー華ーぽい ぽい

五位 愛宕山のー八っつあん

 おばん、かわらけ百枚!

 

続きまして、お父さんの島さん

大東市   島博志

落語の主役は何と言ってもアホ。アホというより大まじめのスカタンですね。これがないと噺になりません。

私も筆頭は、文我さんと同様、不動坊のアンコロの兄さんです。これを書きながら思い出しては笑ってます。次のクラスは「宿替え」の壁に釘を打ち込む亭主と「へっつい盗人」のボケの方(名前は思い出せない)後は道具屋とか、寄合酒とか野崎参り等沢山の主役がいてます。主役の活躍は監督(落語家)の腕次第。文我さんにうんとこさ面白くしてもらいましょう。

さてここで再び登場なのが、この特集が組まれるきっかけになった、長崎の上殿さんからの、再度の投稿です。なかなかおもしろくなってきました。

長崎市 上殿喜美

まず「文我だより」十九号の中「重箱のスミをつつくコーナー」の中で、文我さんが語っておられる「アホ」論、即ち「愛すべきスカタン人間」「まじめにやっていくが、はずれていってしまう奴」というのを考察し、その上で私の考える「アホ」との違い、その双方を比較検討したのが、以下に述べる結論です。但し、この結構気忙しい、そしてこの不況の世の中で、所持しているラジオカセット・ビデオテープを、全部見聞きするのに一週間かけた私が、一番アホやないかと思ったのも、確かです。(うらめしや、松尾光明師)

さて、文我さんご推薦の「アホ」の「不動坊」に登場する「ユーさん」は、私の見解では「アホ」ではなく、「お人好し」なのです。それも「度の外れたお人好し」で、分類としては「まんじゅう怖い」の中で光つぁんにまんじゅうを投げるのに、自分のお金で買ってくる連中や、「うなぎや」で、道頓堀の水を飲んで、その後溺れて、助けてくれたと言って徳さんに感謝する男」「胴乱の幸助」で、お酒呑みたさにけんかを仕掛けて、デンボをつぶされて泣く男、その他「時うどん」で、まねをし損なってぞば代を多く支払ってしまう男等々。これらは一般的には「アホや」の一言で済まされる面々であることは確かですが、私はあえて、この人たちは「お人好し」の分類に入れたいと思います。理由としては、この人々に共通しているのは「そら、わいはアホや」というセリフによって表されるように、自分はかしこい人間ではないということを、自覚していることで、私の「アホ」の定義は、正常な人間、かしこいと一般に思われている人間に対して、いささかも自分の「アホ」を認識していない人物。そのことにまったく劣等感を持っていないどころか、最後は堂々とした態度で、相手を負かしてしまう奴です。この手の「アホ」人間こそ、最も愛すべき、かつ、落語には欠くべからざる重要人物。その人物なくしては、噺そのものが成り立たないという存在。そのうえ騒がしく迷惑そのもの。それなのに妙に「アホとしての理屈」に説得があって、常識を持っている人間のつまらなさを、いつのまにか実感させられる・・・。これこそが「代書屋」の松本留五郎氏であり、「八五郎坊主」の八五郎氏であり、「道具屋」の主人公であり、「くやみ」の又はんであると思うのです。これらの人物の共通点は多々ありますが、最大の共通項は何よりもかによりも、偉大なるはためいわく人物であることです。それから、さきに述べました「お人好し」との違いとして、見落としてはならないもう一点は「お人好し」の場合、殆ど誰か他の登場人物の輩下的要素がありますが、私の愛してやまない「アホ」様方は、あくまで堂々たる一匹狼、誰にも媚びず、誰の援助も乞わず、自分の信じる道を突き進んでいます。

私どもは、おかげで彼らに一片の同情も憐愍も寄せる必要はなく、ただただ、そのアホぶりを笑わせてもらい、楽しませてもらえる、これこそが、落語の中のアホの王道。落語の中のアホのスターとしての、必須条件ではないでしょうか。

続きまして「おおさか文我だより」21号に掲載されました、新しい意見を紹介いたします。

大東市   島博志

「文我だより」二十号で長崎の上殿さんが「不動坊」のユーさん他を「お人好し」という分類にされていましたが、大阪での「お人好し」というニュアンスとやや違う様に思いますので、筆をとらせて頂きました。「人のええのもアホのうち」という言葉も大阪にはありますが、その「お人好し」というのは、通常踏み倒されそうなのが判っているのに、金を貸したり、損得の判る人間なら、断るような事をまつりあげられて、引き受けてしまうような人のことを言うと思います。やっぱりアルコールを買うところを、ビンを持って、アンコロを買いに行くのなんか、どうみても「ど」付きの「スカタン」と思います。「スカタン」「えげつない」「けったいな」等の大阪弁は、独特のニュアンスを持ったモノで、その使い方のTPOは、大阪人でないと理解されにくいかもしれません。「スカタン」「おっちょこちょい」「いちびり」等、大阪落語は多士済々です。今後とも文我さんにいろいろ味付けしてもらって、大いに笑わして頂きましょう。

千葉市   山本保

千葉の山本です。

ホームページ「愛すべきアホ」コーナー新設&参拝者3000人達成おめでとうございます。「愛すべきアホ」コーナーでは早速盛り上がっていますね。

私も「不動坊」に登場する「ユーさん」は「愛すべきアホ」の代表格だと思いますが、その「ユーさん」に隠れてはいるものの、「あぁー詰めにくい」と言いながら、ビンにあんころをつめた角の餅屋のおっさんも相当なものだと思います。噺の中ではこの部分の「ユーさん」の会話の中でしか出て来ないにも拘わらずしっかりと存在感を示していると思います。

上殿さんの「アホ」と「度の外れたお人好し」の定義については「アホ」の一言で済まさない洞察力に敬服致します。

新しいコーナーにしっかりと投稿してくる島さん親子やコーナー新設のきっかけを作った「重箱の隅」常連の上殿さんという頼もしい仲間が居て嬉しくなってきます。

私も負けずに、落語会の報告をするだけではなく、手持ちのテープ類を再度見直して、「アホ」と「度の外れたお人好し」と「重箱の隅」をさがしてみなければという気分になっています。

上殿さんが書かれていた「私が、一番アホやないかと思った」というのはこのコーナーに投稿する皆が思っていることかもしれません。

そうなれば総元締の松尾さん「アホ」を操る名人か?

それとも一番の「アホか・・・?

(そうです私が一番の・・松尾)

大阪市   中務須美

やっと聞けました文我さんの落語。期待通り&以上でした。八天さんも出演ということで、一粒で二度美味しい。(八天さん、最近痩せたのでは?それと最近ちょっと噺の中で枝葉が多い気がします。)

私が愛する「落語の中のアホな人」は、何と言っても三遊亭金馬さんによる、「薮入り」のお父ちゃんお母ちゃんと「茶の湯」の全員です。大好き!愛しています。

今日の「青菜」の植木屋さんもお気に入りの一人です。(でも欲を言えば最後の「弁慶」は、気づかないまま天真爛漫に言ってほしい。その方がアホさが引き立つのです)「弁慶」で思い出しましたが、「船弁慶」のおかみさんもいいですね。「高津の富」のニセ大旦那さんも愛すべき人物ですが、「アホ」とはちょっと違うかな。「愛すべき小心者ですね」「稲荷車」のニセ狐とかも。あと、タイトルが思いつかないモノで二人「鬼の面」?鬼面で自分のところの奉公娘を脅かす、いたずら好きの旦那様。富くじで大金が当たったけど、結局ノイローゼになってしまう、物売りの男。なども思い出されます。

文我さんと八天さんは、本格派古典落語道に邁進、バク進、精進、色気があってディテールに現代的味付けや遊び心が効いているところが、共通していらっしゃるという気がいたします。今後ともずっと聞かせていただきます。

「おおさか文我だより」22号に 又又上殿さんから 投稿です

平成10年10月

長崎市  上殿喜美

どうやら私が引き金を引いてしまったらしい十九号に始まる、「アホ談義」を二十号二十一号の「文我だより」は、一読者となって楽しく拝読しております。いや、しておりましたのですが、しかしやっぱり、先祖代々からの浪花の血の流れる大阪人の私には、黙っていられない事柄が二十一号の内容に生じ文我さんと松尾師の失笑を買うのを覚悟の今回のペンです。

大東市の島博志さあん!!「長崎の上殿さん」なる私は、長崎へは一年前の旅行中、突如長崎にはまって、棲みついてしまいましたが、それまでの〇十年、ついこの間まで大阪に大阪におりました。骨のズイまでの、生粋のバリバリの大阪人です。(大阪人やで!と言うべきか)

今も長崎にいながら、上方落語に明けて上方落語に暮れる毎日を過ごしておりますれば、「大阪弁独特のニュアンスは、大阪人でないと理解されにくいかも」とのお説は、つつしんでご返品申し上げたく、正しくは「長崎に住んでいる、大阪の上殿さん」とお呼び頂ければ幸せです。文我さん証明してください!(間違いございません・文我)さてイチャモンはこの辺で置きまして・・。

先日、大層面白い記事を、こちらの新聞紙上で見つけましたので、ご紹介します。

これは・我々のこの「アホ談義」に、ひょっとしたら結論めいた答、つまり「アホは誰か!」の正解を導き出すかもしれない程の内容でありましたので、私には一大衝撃でありました。

それはつまり、お医者さんの書かれたコラム記事なのですが、こういう意味のことが書かれていました。

一般にアホとかバカとか言われている人というのは、交換神経と副交感神経の数値の差が、非常に小さいのだそうです。反対に、その差の大きい人は、大体優秀な人が多いのですが、彼らはその差の波の大きさのために、絶えず苛立ちと情緒不安定であり、少しのことにでも心が騒ぎ。怒りっぽい。

ところが、アホとかバカと言われる人は、二つの神経の揺れが小さいため、常に穏やかで心が安定しているため、怒りも感じず、ストレスも無い。従って彼らは大層幸せで、常に陽気でプラス思考であると。これだ!!と私は飛び上がりました。

どうでしょうか皆さん。この観点からもう一度、全登場人物の中から、真のアホ氏を選ぼうではありませんか!

しかしなぁ・・・「アホ談義」にまさか、交換神経と副交換神経が出てくるとは思わんかったなあ、と思うのも事実です。

それにしても「彼ら」が、常に心穏やかで、プラス思考というところの説得力が、凄いじゃありませんか。これこそ代書屋をやっつける、松本留五郎氏であり、お寺の和尚様に互角にモノが言える、八五郎さんであるじゃないですか。「あんころ餅のユーさん」はどこかでやっぱり、自分の失敗を嘆いていますし、卑下もしています。「お人好し」は、どこかでやはり心塞ぐことがあるのです。その点アホ達は、どの場面でも一度も自分を否定していません。あの「セイネンガッピ」と言う時の留さんの胸を張った、いささかもかげりのない大声を思い出してください。

しかし、私はこのあたりで、本業の「重スミコー」の方にも、ペンを取らねばなりません。というこの思い込みこそ、プラス思考。何をかくそうこの私こそアホの要素の全てを満たしているではないか、と思う今日このごろです。

ウレシイ!!


というふうなことに現在なっております。どうでしょうか皆さんも気軽に、貴方の愛すべき落語の中の登場人物について、ご意見ご感想を寄せてください。お願いいたします。