「文我さん、ネタについてのつぶやき」
《落語百席プログラムより》
=その9=
お医者さんが集まって「落語倶楽部」なるものを作り、あちらこちらで御披露されている様です。そんなら反対に落語家が集まって「医学倶楽部」なるものを作り、お人の診察をしたら、恐らく大変なことになり、落語家が逮捕されることは間違い有りません。それくらい「落語」と「医学」には、いや「落語家」と「医者」には隔たりのあるものなのでしょう。これは何も落語家として卑屈な意見を述べているのではありません。それくらい笑いはホンワカとしたもので、命は切実なものと言えるのではないでしょうか。しかし、話を聞いて笑うことや納得することは、身体に良いということをわかっているからこそ、お医者さんが落語を演じてみたくなるのだろうと思うのです。また、問診の楽しい、人間味溢れるお医者さんほど、病気が早く治っていく様にも思えますし、患者さんも慕うのでしょう。そう言えば、私もひとつ間違えれば医者になっていたかも、と言ったときに、師匠枝雀が「そんなことは絶対無い」と断言してくれました。さすがに師匠は弟子を見る目がある。
『付き馬』
東京落語ではポピュラーな落語ですが、上方落語では珍しい一品です。とにかく、東京落語からの輸入バージョンだけに、場所設定に多少の苦労をしたのも事実です。しかし、人の困りがこれくらいネタ全部に広がっている落語も珍しく、心のやりとりや、喜怒哀楽の面白さを表現できれば最高に面白い落語になることは間違い有りません。このネタに出てくる一人一人になりきって演じますので、お客様も十分にその世界に飛び込んで頂ければ幸いです。
『三十石夢の通い路』
上方落語の代表的ネタと言っても過言ではありません。幕末から明治にかけての名人、初代桂文枝がまとめたネタで、大当たりをとったものです。最近では、故人になりましたが六代目笑福亭松鶴師。現役では桂米朝師、五代目桂文枝師の十八番で、それぞれが工夫され違う味わいのネタに仕上がっています。そして、音で残っているものとしては、三遊亭百生師のものがいかにもその時代の匂いを残していて、セピア色で、その上に現代も少し感じるという楽しいものとなっています。私自身、このネタは文我襲名の直前に手掛けたもので、ある落語会で少しも抜かずに演じてほしいという注文により演りました時は、ちょうど一時間半ありました。私のネタの中では「地獄八景亡者戯れ」よりも、時間的に長いネタですが、今日はその中から、抜粋バージョンでお付き合い願います。
落語百席Vol.17プログラムより